ジムニーがイチバン

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私は働きだしてから長らく原付乗りでした。スズキのストリートマジックという二スト車で、長く乗っていましたが、ある朝の出勤途中にマフラーが脱落するというとんでもない事件にあい、ホンダのベンリィCL50に乗り変えました。
通算9年近く雨の日も風の日も台風の日も雪の日も原付で乗っていましたが、左折のトラックにまきこまれ、結構なケガをしたので、車に乗ることにしました。
その時選んだのが、前々から欲しかったジムニーです。

ある離島で勤務していた時代、台風が来て寮から避難しようとした時に乗せてもらったジムニーは移動できたのに他の車は浸水しそうになって結局逃げられなかった、ということがありました。この時の強烈なイメージと本格オフロードという性格で、自分が買うならジムニー、と決めていました。

乗ってみると高い車高、頑丈なボディが良くて、乗っていて楽しい車です。
初めの4年で16万km、西は熊本から東は静岡まで彼方此方に出て行きました。3泊の車中泊をしたり山の駐車場で読書をしたり、とても大好きな車でしたが昨年、任意保険を掛けていなかった大バカ者に追突されて結果的に廃車に。

新しく買ったのは、迷いもなく勿論ジムニーです。
最近は公共交通機関で遠出するのが楽しくなったので以前程は乗らなくなりましたが、今でもジムニーがイチバン、と思っています。

AirPods、あるいはワイヤレスイヤホン

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私は新しい物好きで、新技術と聞くと購入したくなります。

ワイヤレスイヤホンもその類で、Bluotoothのイヤホンは出始めの頃から使っています。私が導入した当時は3~4時間程度しか使えず、一日の外出を通して、というのは難しかったと思います。そのうち、3~5万円のイヤホンを使うようになって暫くワイヤレスイヤホンは使っていなかったのですが、1 2時間保つPowerBeats3を使うようになってその便利さを再確認した次第です。

 

長い間原付に乗っていたので、本体を触らずに使えるワイヤレスイヤホンは重宝していたのですが、iPhoneからイヤホンジャックが無くなって有線イヤホンと充電が同時に出来なくなったところで、私にとってワイヤレスイヤホン以外の選択肢は無かったのです。

 

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正直AirPodsはオープン型で聴きやすさ、音質という面では劣りますが、使用可能時間+充電のし易さはバツグンです。PowerBeats3は12時間連続使用可能ですが、充電は別にバッテリーが必要なのでAirPodsと比べると使い勝手の面で難しいところがあると感じます。音は勿論PowerBeats3が良いです。

 

何を優先し何を犠牲にするかは人それぞれですが、iPhone使いにはAirPodsかPowerBeats3Wirelessはお勧めのイヤホンです。

子どもたちに何を残せるか

日本周辺の国際状勢が思わしくない。と言うか、悪化の一途を辿っている。

 

一方で、国内にも不思議な人達が跋扈している。敵国の無理を忖度せよと政府に迫り、それで権力に立ち向かっていると自惚れる記者が象徴的だと思うが、それに劣らず酷い人達を多く見かける。

また、戦争を忌避する余り思考停止に陥っている人達が多い事に驚かされる。

 

思考停止、というのは、“戦争はいけないこと"というところで考えが止まってしまっていることだ。

勿論戦争がないことに越したことはない。しかし、戦争とは2つ以上の勢力がないと起こり得ない。

今の日本では第二次世界大戦では加害者であったというのが大勢を占める理解であるが、その反省に立って戦争はいけないことと考える事も、間違ってはいないだろう。だから今度は加害者にならない、ということなのだろうが、そこに"今度は被害者になるかもしれない"という思考は見られない。

もしそう考えていても、抵抗しない、というのは個人の自由だが、何もしないで殺されるのは、私はゴメンだ。

自分の大切な人が殺され、また支配され苦しむのは見たくない。中国の異民族支配が苛烈なのは、チべットを見てもウイグルを見てもよくわかるだろう。まして今でさえこれだけ言われているのだ、支配されてからどんな扱いをうけるか、想像に難くない。

 

国を守るということは、家族を守ることであり、自分を守ることだ。自分の子どもがつらい目にあうのが解っていて、何もしない人はまず居ないだろう。その為に何ができるか、何をすべきかを考えるべきるのに、思考停止して、あるいは、“自分は悪者になりたくない”というズルさの為に行動する者の邪魔をするのは、何とも愚かではないか。

これからの日本にヒロシマナガサキをもう一度作るつもりなのか。

 

中国人や朝鮮民族の行動を非難するつもりはない。彼らは彼らの幸せ、豊かさや自尊心のために日本を貶め、又この土地を欲して居るのだ。ただ、私は日本人として、それを無抵抗に受け入れるつもりがないだけだ。

そこに理想論も必要だがそれだけが正しい武器でもないし、ましてや思考停止で臨んで良いものでもないと思う。人殺しの道具を手に、野蛮人の謗りを受け入れる覚悟を持つことは決して間違ってはいない、と私は思うのだ。

広島、ヒロシマ

4、5年前、1年の間に4~5回原爆ドームに通った時期があります。

 

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自分は反戦論者ではありませんし、どちらかと言えば右寄りの人間です。とは言え、母が家の書棚に『はだしのゲン』を出る度に買って差していましたし、佐々木貞子さんの伝記もあって原爆の悲惨さなんかはそれなりに知っているつもりで、決して積極的に使用を勧める人間でもありません。

 ただ、知識もなく知ったつもりで核について考える人間にはなりたくないと思った訳です。

 

日本で行くべき場所というものが有るとすれば、広島と長崎はまず入るでしょう。

その中でも、私は長崎こそ行くべきだと思います。一人ひとりに自分で感じとらせようという静かさが私には好ましく思えるからです。

 

でも、広島は初めての人間には広島がいいと思います。入口が広いですし、分かり易い資料も多いですから。

ただ、何を考えるべきか、何を感じるべきかは人それぞれ自分で選べなければいけないと思うのです。極端な話、資料を目のあたりにして尚、核使用に確信を持てる人が出るような存在でなければいけないと思うのです。

 

勿論これは個人的な考えですが、そんなことを考えた8月6日でした。

お祭りの思い出

お祭りというと、思い出すのは夏の地区の神社の夏祭りと、地域の秋祭りです。

 

夏の祭りは昼間に小学生の相撲大会があって、大抵は2位か優勝でした。夜は屋台が出ていて、学年毎に出し物をしてという感じでした。

秋祭りは、学校が確か半日授業になったはずです。これが楽しみでした。他の地域の祭りにも行く事はありましたが、上手く休みの日と重ならないと行けなかったように記憶しています。

 

自分は大勢で騒ぐのは昔からあまり好きではなかったので、お祭り騒ぎというのも当然あまり好きではありませんでした。ですから、お祭りのおこづかいとしてもらったお金も、マンガ本に消えてしまいました。

結局、何かを皆で空気を楽しむ、という類いのものにあまり価値を見出せない人間なので、自分がそこに意義を見つけられないとだめなんですね。その点、大人になってからどんたくに行くようになった今の自分を昔の自分は驚くのではないかと思います。

 

元々人混みは苦手ですし、色々と祭りというものには向いていない質なのでしょうが、今年もどこにも行く予定はありません。

お気に入りのインク

万年筆を使い始めた頃、気に入っていたのはPelikanのブルーブラックでした。色彩雫も使っていましたが、一番お気に入りの万年筆に入れるのは、たいていブルーブラックでした。

 

所謂古典インクというやつで、水滴が落ちても滲まないという実用性、昔ながらの仕組で作られるというロマン、その2点に惹かれました。

他のインクでは夏、グラスの汗が紙に落ちて濡れてしまって、そのままインクが滲んでしまって文字が見られなくなってしまうのが何とも悔しいと思っていました。

文字が消えることはなく、変色していくのも面白く、あまり裏写りや裏抜けもしないこのブルーブラックはそういった不満を解消してくれました。色も好みでしたし。

 

その後は、Robrer & KlingnerのScabiosaがお気に入りになりました。基本的にはPelikanのブルーブラックに通じるところがありますが、色がくすんだ紫という感じで、落ち着いて使えます。

 

そして、今気になっているのが、KWZInkの古典インクです。お果子のような甘い香りのするインクで、使っていて楽しくなります。今、人にお勧めするなら、この会社のインクでしょう。

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手書き文字認識に感動

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かつてPDAを使っていた自分からすれば、こうやって普通の文字を認識するのはすごいと思います。

キーボードで文字を入力するというのは、変換に時間がかかって思考を止めてしまうものである、という意見には正直「そうかな?」と思うところも有りますが、それでも、変換の時間は実際にかかりました。

これまでも、手書き文字をそのまま認識させようとした試みはありました。例えば、Newtonはアルファベットをそのまま認識させようとしていました。しかし、誤認識が多かったと聞きます。ザウルスは枠の中に書くようになっていて、その枠が小さくて少ない、というので不便でした。

 

それをどうにかしよう、として実用的な製品を作ったのがPalmでした。これが良かったのは、少々特殊な字形のアルファベットを入力方法として選んだことです。ロースペックのデバイスが認識し易いような字形を採用したことで、ぐっと誤認識は減ったように思います。学生の頃から社会人3~5年生の頃迄はPalmを使っていました。ただ、結局のところ使わなくなったのは、出来る事の限界、というか、求めるものの高みにまでPDAが登って来られなかった事が理由です。それは、インターネットとの接続です。一応、方法がなかった訳ではありませんが、それは自分が良しとするものではありませんでした。iPod touchが出た時は使ってはいましたが、これもネットに繋がるものではなく、音楽/動画デバイス以上のものではありませんでした。これがインターネットに繋ったら、と願っていました。

 

そこに、iPhoneの誕生です。

 

日本で出た時、すぐには飛びつきはしませんでした。当時、ソフトバンクに良いイメージが無かったこと、アプリの追加が出来なかったこと等、理由があったからです。しかし、徹夜明けの8月、良い事も有ったので電機屋に走り、iPhone3Gを買いました。それ以降は、発売日に買えるようにしています。

 

iPadが出た時はすぐに飛びつきました。しかし、やはり手書き文字入力は実用的ではなく、専らビューアとしてiPadは使ってきました。

 

そして、iPad Proの登場です。高いスペック、手書き文字認識をするソフト、これらが揃ったのです。

 

正直、iPad Proを使っていると、万年筆を使わなくなるのではないか、という心配もあります。勿論、杞憂に終わる可能性の方が高いですが、こんなに雑な文字でもキチンと認識して、しかも漢字に変換してくれて、キレイな文字で残せるとなると...どうでしょうか?比率は変わるかもしれませんね。

少なくとも、キーボ―ド入力はしなくなりそうな気がしています。せっかく高い、2万円もするのを買ったのに。もったいないことですよ。