お気に入りの万年筆

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 お気に入りの万年筆、というのは大抵その時一番新しい万年筆で、新しいものを買う度にお気に入りが入れ替わっていました。はじめの頃はどんどん新しいものを買っていっていたので、お気に入りもどんどん変わっていったのですが、最近は購入欲も落ち着いていて、数ヶ月に一本のペースになっています。

 

 ですが、どうやら本当のお気に入りの万年筆、というものを見つけてしまったようです。

 アメリカのWahl-EversharpというメーカーのDECOBANDの限定版万年筆、Saffron Blueです。

 


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 セルロイド製の万年筆で、黄色と白、暗い色のマーブル模様でこの暗い色のところが日光に当たるととても鮮やかな紫になってとても美しいのです。

 ペン先はスーパーフレックスで柔らかく、長刀研ぎで書いたときの文字が筆で書いたようなメリハリのついた文字になります。インクは軸の紫に合わせて古典インクのKWZ IG Violet#3で、少し癖のあるインクですが、とても気に入っています。

 休日のカフェで窓際に座って、お日様を浴びながら手紙や日記を書くのがとても楽しい万年筆です。


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 この万年筆の気に入っているところでありながら同時に悩みの種になっているところがその大きさです。万年筆の世界ではオーバーサイズと言われる、長くて太い万年筆なのでケースがとても限られることと、持ち運びに於いても鞄の中で場所をとることがあります。この万年筆向けのケースもあるのですが、ふつうサイズの万年筆を一緒に入れると長さが足りなくてケースの中でフラフラとしてしまいます。場合によってはインクがキャップの中に飛び散っていて、書くときに手を汚してしまうのです。

 

 不満が全くない万年筆、完璧な万年筆というわけではありませんが、万年筆自体も書ける文字も、とてもお気に入りの万年筆であります。

再びPDAの夢を見る


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私のネットでの繋がりの中で、PDAという語に懐かしさを感じる方は多いのではないでしょうか。

PDA。パーソナル・デジタル・アシスタント。

簡単に言ってしまえば電子手帳で、今のスマートフォンの親、と言っていいと思います。

PalmZaurusWindowsCE…。懐かしく、遠くにいてきた故郷のような郷愁を覚える言葉です。私は始めCASIOのWindowsCE機を買って使っていて、ネットで話題になったPalmのマシンを乗り継いで行きました。大学時代から働き始めて数年の間はPalmを使っていていろいろと物珍しがられましたが、スケジュール管理、タスク管理、メモや電子書籍リーダー、メディア再生機として活躍していました。

最後に使っていたTreo650に縦続いた不調と、次第に下火になっていったPDA界の波に呑まれているうちに使用をやめてしまいましたが、iPod touchにはすぐに飛びつきましたし、iPhoneが日本で使えるようになってからはずっとiPhone派です。

そういう意味では、PDAを忘れずにずっとやってきた人間の一人と言えるでしょう。

それに、このGeminiPDAのご先祖様と言えるPSION Series5mxProを使っていたこともありますし、これにデザインが似ているところもあるRevoも欲しいと思っていた人間です。

今回のGeminiPDAに郷愁を誘われるのは必然であったと思います。

キーボードは小さいし、性能も決して良いとは言えません。そういうGeminiPDAではありますが、やっぱり使っていきたいなあと思う次第なのです。


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やっぱり出石に皿そばを食べに来る


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一月ぶりの出石詣でにやってきました。 去年は2〜3ヶ月に一度のペースでしたから、1月というのは皿そばにハマった当初の間隔になります。

 どうしてこんなペースになったかというと、一番の理由は毎月の癒しの時間であるPen and message.で行われる聞香会が先月から日曜開催に変わったからです。これまでは土曜日にあったので、聞香会の前後に出石に来るというのはなかなか難しいものがあり、結果的に2〜3ヶ月に一度という感じになっていたのですが、日曜に移動したことで、土曜に出石、そのまま神戸近辺に留まって翌日聞香会に参加、という日程が組めるようになりました。金額的には新しい旅程の方が数千円分やすくなる程度です。

体力的なことを考えると、それは別々に行った方が楽なのは明白ですが、月に1度程度の事であればいいかなあ、とも思っていて、体力的に少し厳しい今週に一回目を行うのも、これからの試金石になるかと思ってのことです。

 

 旅の楽しさというのは、以前から感じていて車であちこちに出かけて行っていたわけですが、 一昨年背後からぶつけられて以来、どうも車でどこかに出かけるというのに違和感のようなものを感じてしまって、また以前からネット経由で知り合った方が電車やバス、飛行機で旅に出ていらっしゃるのをすごいなあと見ていたこともあって、自分でも色々と出かけるようになりました。

 そう行った中で、最近自分の移動に関する距離感が人と違うことがわかって、驚きつつ納得もしています。例えば岡山の喫茶店に時々マリンライナーで行くことについて、自分では全く苦にならないのですが、話を聞いた方は、わざわざ電車で行くの?という反応をされます。

 

 自分の距離感と人様のそれとの違いというのは、多分自分の生まれ育った場所に関係があるのだろうと思います。

私は瀬戸内の島育ちで、どこかに出かけるとなると、船に乗って1時間かけて高松や岡山に出るのが当たり前でした。つまり、移動に公共交通機関を使って1時間かかる、というのが当たり前のことなのです。部活で試合に行くとなると、5時起きで準備して始発の船に乗り、その後ことでんを乗り継いで屋島陸上競技場まで行く、ということをしていました。

 

 ですから、片道6時間程度の出石旅行も本当に楽しい旅、という感じで、長距離の移動をしているという感覚にはあまりならないのです。

 

 そんな感じで、多分これからは出石に来る回数も去年よりは増えるのだと思います。楽しみです。

出石に皿そばを食べにいく

 


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香川県の、小豆島出身の私ですが、蕎麦も好きです。と言うか、麺類は大抵好きです。

 

蕎麦もその例に漏れず好きなのですが、ここ数年のお気に入りが兵庫県の出石の皿蕎麦です。小皿にそばがちょこんと乗っていて、それを箸で掬って食べるのですが、薬味をどんどん増やしていくことで味が変わって、楽しみながら食べることができます。大体20皿〜25皿が自分の限界で、それだけ食べるとその日は夜はそんなに食べなくても済む、と言うか食べられなくなります。

お気に入りの店、と言うのがあって、そこは20皿食べると小さな手形をくれます。これを5枚貯めると1年間20皿無料の大きな手形に交換してくれます。自分のほぼ限界をタダで食べられる、と言うことになります。他のお店のそばを食べたことが無いので比較しようがありませんが、少なくとも高松で食べられるどの蕎麦よりも美味しいと思います。

この美味しい蕎麦を食べに片道5000円、6時間かけて出石に行くわけです。

 

人によったらなんて馬鹿なことを、なんて思われるかもしれませんが、ふらりと外に出ること自体が嫌いでは無いし、苦にもならないので、楽しんで食べにいっています。電車で行く道中は、大抵は電子書籍を読みながらで退屈しませんし、最近は車窓の外を楽しむ余裕も出て来ました。雪化粧した山中を列車から見るのは、風情があるものですし、春の桜の季節もなかなかのものです。

無駄な時間が無い、と自分では思っていますので、長い時間がかかってもそれを馬鹿らしい、とは感じないわけです。

 

美味しいものを食べに行く、美しいものを見に行く、というのは、時間を有効に使っている、と感じます。

とは言うものの、もともと出不精ですから、こうやって外出することは数年前の自分からするとかなり驚き、なことです。家に篭ってYouTubeを観たりゲームをしたり惰眠をむさぼったり、と言うのが休日の過ごし方だった人間です。それがとある友人の旅のお手伝いをした事で、旅って楽しい、と思えるようになりました。その数年前に車を買ってあちこちに出かけるようになっていたのですが、その頃は出かけることが目的ではなく、車に乗って時間を使うことが目的でした。それが、旅自体を楽しんでいる人に接する事で、自分もやってみたい、と思うようになったわけです。

 

万年筆と便箋や葉書をお気に入りのバッグに詰め込んで、旅先で友人や家族に手紙を書く。楽しいです。

旅先でお気に入りの喫茶店ができれば、最高ですね。出石や京都、地元香川にもそう言うお店があります。そこに行くことが楽しみなわけです。

 

万人にオススメの時間の使い方、と言うものでも無いですが、試して見る価値はあるのでは無いかと思っています。手始めに1、2時間の距離の小旅行をしてみるといいのではないでしょうか。

日々のことを記録して

日記というものをつけるようになって、使い続けているものは万年筆とほぼ日手帳です。はじめはカズンを使っていましたが、程なくしてオリジナルサイズを使うように。

理由は簡単で、鞄の中で場所をとらないようにしたい、ということでした。

はじめはカズンにいっぱい書いていたものも、オリジナルの半分くらい、場合によっては数行ですむことも多くなり、今ではカズンの使用を止めたのは正解だったと思います。

 

日々の記録をして、自分は読み返すかというとそういうことはほとんどしません。意味のあることを記録しているのではなく、自分の感情を吐き出すための場所、といい位置づけだからです。仕事の記録は毎日仕事としてパソコンにとっていますし日常での愚痴が仕事のことで占められているとは言え、仕事の内容そのものを記録するのはなんとなくメリハリがついていない感じがして好きではありません。

 

書くということそのものが楽しい、という気持ちは変わっていませんから、その気持ちを消化するためにもこの行為は必要だと思っています。